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佐々木賞について

 概 要
 佐々木賞は、「多年にわたり溶接技術の開発または応用・普及に関与し、その業績顕著なもの及び溶接技術について後進の教育指導、育成の業績顕著なもの」に授与される賞であり、故佐々木新太郎先生の遺徳を偲んでもうけられたものである。現在、佐々木賞は(社)日本溶接学会が選定・表彰しており、(財)溶接接合工学振興会は副賞を授与している。
 佐々木賞は、故佐々木新太郎氏(昭和26年逝去)を記念して、同氏記念出版「現代の溶接」(昭和29年刊行、佐々木新太郎記念出版委員会編纂、日刊工業新聞社刊)の著者およびその他の拠金を基金として、昭和30年に創設された。創設当初は、次の業績を受賞対象とし、溶接論文集の対象のうちの技術論文も本賞の対象に含むことにした。即ち、1)溶接(切断、鑞接を含む)に関する方法、機器を新たに完成し、または改良してその実用化の業績顕著なものおよび発明考案に関する業績顕著なもの、2)溶接の応用に関する業績顕著なもの、3)溶接技術に監視後進の教育、指導、育成に関する業績顕著なものに授与されていた。このように創設当初の本賞は、技術賞的な性格が強かったが、昭和42年田中亀久人賞が創設されるに際し、同賞を技術賞とし、本賞は「永年の功労」を対象とするようになり、昭和44年溶接学会表彰の体系化がはかられた際に功労賞としてのその性格が明確化されました。
 佐々木新太郎先生のご経歴
  佐々木新太郎先生は、大正5年7月九州大学卒業後、三菱長崎造船所に入社、造船、造機用材料を研究されるとともに当時始めて紹介された溶接技術の研究に専念された。特に、厚板の溶接並びに高圧容器の溶接に取り組まれ、また米国においてユニオンメルト溶接法が発表されるといち早くその重要性に着目し、その実用化に献身された。日本学術振興会の報告書として「高圧容器の溶接」を発表され、これらの功績により昭和21年に溶接学会名誉員に推挙された。 

1.本籍 京都府
2.生年月日 明治20年12月2日
3.死亡月日 昭和26年5月12日
4.学歴 大正5年7月 九州帝国大学冶金学科卒業
1)大正5年7月   三菱造船株式会社長崎造船所鋳造工場兼実験場技師補として入社
2)大正7年4月   実験場主任心得兼鋳造工場支配人役付技師(第2代実験場長)
3)大正11年5月 実兼場の名称が材料実兼場と改称され、材料実験場長任命
4)昭和9年6月   参事昇格
5)昭和13年3月 造機工作部長付兼造機溶接工場長任命
6)昭和17年1月 造機工作部造機溶接工場は造機工作部溶接工場と改称所長付任命
7)昭和20年9月 退職
8)昭和21年2月 木質工業株式会社研究所長
9)昭和21年6月 日本断接工業株式会社社長・九州大学工学部講師兼任
10)昭和22年6月 溶接学会、学会賞受賞、溶接学会名誉員
11)昭和24年  日本断接工業株式会社解散。溶接界の発展のため「現代の溶接」なる著書の執筆。逝去直前の
病床に在って「現代の溶接」の口述を続けられたという。
 佐々木賞受賞者名簿(昭和31年以降)

 金澤賞について

 金澤賞に関する内規   平成16年9月21日制定
<目的>
   1. 本内規の目的は、財団法人溶接接合工学振興会「金澤賞」の推薦、選考に関するものである。
<授賞者>
   2. 各年の授賞者数は、原則として2名以内とする。
   3. 溶接・接合に関する技術者、研究者個人に対して授賞する。
   4. 授賞者の年齢は、原則として50歳以下とする。
<対象とする業績>
   5. 受賞者の業績として、優れた技術の取り纏めやリーダとしての役割など、中堅の技術者、研究者としての活動を対象とする。
   6. 受賞者の業績は、単独企業内での研究・開発活動だけでなく、企業間にまたがるプロジェクトにおける活動も含むものとする。
<候補者の推薦>
   7. 推薦者は、別に定める推薦書の様式に拠って候補者を推薦する。
         なお、推薦書は、パソコン、ワープロを用いて作成する。
   8. 推薦における候補者の業績は、学術論文にはとらわれないが、業績を明確に判定できることとする。
   9. 特に、多数の研究者、技術者が参画したと思われる業績または貢献の場合は、受賞者本人が、主体的な役割   を演じたかどうかが判るように記述する。
 10. 候補者の業績では、活動成果の社会に対する貢献をも明確にする。
<選考>
 11. 候補者の選考は、理事会が設けた金澤賞審査委員会において行い、選考候補者を理事会に推薦する。
<付記>
 12. 本規定に記されない事項については、審査委員会において必要に応じその都度決定す
    るが、その内容を理事会において報告しなければならない。
 13. 本規定の改廃は理事会の決定による。
金澤 武先生のご経歴と業績
大正9年(1920)9月福井市生まれ。昭和16年(1941)新潟高等学校を卒業。昭和18年(1943)東京帝国大学第一工学部船舶工学科に卒業。同大学院を経て、昭和20年(1945)東京帝国大学第1工学部講師、昭和21年(1946)助教授、昭和31年(1956)教授に就任。工学部応用力学第三講座担任。昭和56年(1981)に退官。36年の長きにわたり東京大学にあって、その深い学識と高邁な人格によって、研究と教育に多大な貢献をした。多くの後進・子弟の教育と指導、産官学にわたり、技術者、研究者、指導者を多数育成した。東京大学退官後は名誉教授の称号を受け、その後も長崎総合科学大学教授、千葉工業大学教授を歴任。後進の教育を続けた。
学外にあっても、(社)日本造船学会、(社)溶接学会、(社)日本溶接協会、(社)高圧力技術協会、(社)鉄鋼協会、(財)日本海事協会において、要職を歴任し、産業界を含めて、技術開発の指導をしました。特に、社団法人日本高圧力技術協会会長、財団法人溶接接合工学振興会理事長として学界,産業界の指導にあたられた。
 国際的な場においても指導力を発揮され,国際船体構造会議、国際溶接会議、国際圧力容器工学会議等において日本代表及び、議長として活躍されている.またその見識と深い学識によって日本学術会議第12期会員となり、工学の発展に尽力された。
 研究面では,多大な研究成果によって、助教授の時代から数多の学会賞・学術賞を受賞されている。日本造船学会賞、溶接学会賞、鉄鋼協会賞の他,昭和43年(1968)には藤原科学財団藤原賞を、61年(1986)には東レ科学振興財団東レ科学技術賞を授賞されている。昭和57年(1982)にはこれらの世界的な業績に対して紫綬褒章、平成2年(1990)勳二等瑞宝章を授賞されている。
 ○研究業績
研究は応用力学の広範な範囲に及び、中でも鋼材の脆性破壊研究の世界的権威として精力的に活躍された。初期の全溶接船に頻発した脆性破壊事故の解明に関連して行われた一連の先駆的かつ主導的な研究を行い、数多くの業績を挙げた。脆性破壊理論の展開、いまでは世界標準となった独創的な二重引張試験法の開発、クラックアレスターの研究、さらに欠陥評価法及び、破壊管理制御システムの開発など、多岐にわたる先端研究の陣頭に立ち、多大な成果を収めました。これらにより、鋼構造物の破壊防止技術の確立に大きく貢献。又日本における破壊力学の先駆的研究として歴史に残る業績を挙げた。
○産業発展への功績
これらの成果は、材料力学、破壊力学、構造工学、溶接工学等の各分野の技術水準の向上に大きく寄与しており,また、造船ばかりでなく、鉄鋼業を中心とする関連産業分野に広く適用されました。戦後の重工業の復興、成長、安定期に、世界をリードする破壊防止技術によって、先生の研究業績は重工業分野での信頼性、健全性や安全性に多大な貢献をしている。 平成15年(2003)逝去 82歳.
金澤賞受賞者名簿(平成16年以降)

 木原賞について

 概 要
木原賞は 故木原博先生の遺徳を偲び、原則として35歳以下の新進気鋭の研究者、技術者に授与される賞で、1992年から溶接接合工学振興会の総会において表彰がおこなわれている。
 木原 博先生のご経歴と業績
 明治43年(1910)生まれ。高知県出身。昭和9年(1934)東京帝国大学工学部船舶工学科を卒業。
昭和12年(1937)東京帝国大学航空研究所に奉職。 工学博士。東京帝国大学助教授、大阪大学助教授、教授。
運輸技術研究所溶接部長を経て昭和29年(1954)東京大学教授、昭和44年(1969)同工学部長、昭和46年(1971)定年退官。引き続き大阪大学教授になり、溶接工学研究所の創設に尽力、昭和47年(1972)初代所長に就任。昭和49年(1974)退官。その後、長崎総合科学大学学長を歴任。 
 この間、ベルギー学士院賞、溶接学会賞、溶接学会論文賞、交通文化賞、日本鉄鋼協会朝田昌、日本鋼構造協会賞、国際非破壊検査会議特別功労賞、非破壊検査協会協力賞、本多記念賞などを受賞。   
さらに昭和49年(1974)藍綬褒章、昭和57年(1982)勲二等旭日重光章受賞。昭和61年(1986)逝去。  
○研究業績
 研究業績においては、船舶建造に関する課題はもちろん、圧力容器、橋梁その他各種溶接構造物に対する溶接施工法、非破壊検査、溶接に伴う変形および残留応力に関する諸問題、各種構造用鋼およびそれら溶接部の脆性破壊延性破壊、疲労破壊強度に関するものなど実に多岐にわたっている。
 特に、溶接構造用高張力鋼、低温構造用鋼の開発などの研究はWES規格に集約、諸外国からも高く評価され、又、溶接構造物が脆性破壊を起こしたいくつかの例を踏まえて、これを再現するための"木原テスト"と呼ばれる独創的試験法を考案。鋼構造物特に船舶などの脆性破壊発生に残留応力が影響を及ぼすことを世界で初めて解明。
 ○産業発展への功績
 一方、このような研究業績にとどまらず、広く産業の発展に貢献。我が国の造船、溶接、非破壊検査などの技術水準の向上を広い視野で以て推進。我が国造船界が壊滅状態になった第2次対戦後、将来の発展を予測して、当時の造船協会(現日本造船学会)の造船工作法委員会の最も有力な委員として造船工作技術、特に溶接技術の研究とその向上に指導的役割を果たされ、現在のすぐれた我が国造船技術に大きく貢献。また、日本溶接協会の創設にあたり、今日の工業技術の根幹である溶接技術の向上に貢献。 
 昭和30年(1955)には日本比破壊検査協会を創立し、その初代会長、つづいて昭和42年(1967)には、高圧力技術の世界的すう勢を予想して日本高圧力技術協会を設立し、日本における高圧力技術の向上に貢献。
 このように先生の功績は実に多岐にわたり、先生の指導をうけて育った研究者、技術者は産業界に数多く、その活躍は現在の日本の工業技術力を支えている。
 木原賞受賞者名簿(平成3年以降)
     

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